公開:2021年12月17日
更新:2024年3月

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エキスパートインタビュー

IBDの治療やケアについて専門医にお話を伺います。

IBDと似た腸の病気

IBDでよくみられる症状として、腸の炎症による下痢や血便があります。しかし、IBD以外の病気でも同様の症状があらわれることは多く、それぞれの病気に適した治療を行うことが大切です。そのような「IBDに似た症状があらわれる腸の病気」について、千葉大学医学部附属病院の診療教授で内視鏡センター長の加藤 順 先生に教えていただきました。

千葉大学医学部附属病院
診療教授 内視鏡センター長

加藤 順 先生

(取材日時:2021年1月7日 取材場所:千葉大学医学部附属病院)

加藤 順 先生1

千葉大学医学部附属病院
診療教授 内視鏡センター長

加藤 順 先生

潰瘍性大腸炎・クローン病の症状と診断

潰瘍性大腸炎に典型的な症状に、下痢と血便があります。潰瘍性大腸炎の場合、それらが比較的長く続くという特徴があり、大腸内視鏡で調べたときの腸内の様子から診断をつけることができます。
クローン病の場合は、特定の症状がなく、なんとなくお腹が痛い、熱が出るという程度で、下痢の症状がない患者さんもいます。また、クローン病の炎症範囲は消化管全体に及ぶため、小腸にも炎症をきたすことがあります。最近では,小腸カプセル内視鏡などの小腸を観察する方法も登場していますが、やはり小腸は大腸に比べて観察が難しく、診断が難しいことがあります。

こうした特徴から、潰瘍性大腸炎のほうが診断をつけやすく、クローン病は診断が難しいように思われますが、「似た病気との鑑別」となると別です。実は、潰瘍性大腸炎では鑑別がとても難しいケースがあります。

潰瘍性大腸炎によく似た感染性腸炎

潰瘍性大腸炎とよく似た症状を呈する腸の病気といえば、感染性腸炎です。食品などを介して発症する感染性腸炎は、潰瘍性大腸炎と同じように下痢の症状があります。ただし、ノロウイルスをはじめとした感染性腸炎の多くは下痢のみで、血便を伴うことはほとんどありません。ときに重篤な食中毒を引き起こすO-157などの腸管出血性大腸菌感染症は、血便の症状が伴うことがありますが、さほど頻度の多いものではありません。
また、潰瘍性大腸炎の下痢と血便は1、2週間以上継続するという特徴がありますが、感染性腸炎の場合は多くの場合数日で治まります。嘔吐や吐き気などの上腹部症状も潰瘍性大腸炎ではほとんどみられませんので、感染性腸炎だと判断する目安になります。したがって、多くの場合、感染性腸炎と潰瘍性大腸炎を区別することはさほど難しくありません。

ただし、カンピロバクターという細菌性の感染性腸炎(食中毒)については、ときに潰瘍性大腸炎との区別がつきにくいことがあります。鶏肉などを食べて感染することの多いカンピロバクター感染症は、近年日本で発生する細菌性食中毒の中でもっとも発生件数が多く、毎年2000人程度の人が発症しています。主な症状は下痢や腹痛、吐き気、嘔吐といったもので、通常は1週間程度で治ります。
ところが、このカンピロバクターによる腸炎では、ときに下痢に血便を伴うことがあり、そのような症状が2週間以上続く場合があります。

さらに困ったことに、潰瘍性大腸炎とカンピロバクター感染症とでは、大腸内視鏡で調べたときの大腸内部の炎症の様子がとても似ています。長年IBDの患者さんの腸内をみている医師でも、一目で区別をつけることは困難なことがあります。
便の培養検査をして原因菌が出ればわかるのですが、採便の前に抗生物質を投与しているとターゲットとなる菌が出てきません。また、血液検査(バイオマーカー)でCRP(血清C反応性タンパク)や白血球数などの炎症反応を調べても、どちらの病気であっても炎症が起きているのでその結果からは鑑別はできません。

患者さんの話をよく聞いて、「発症前に生の鶏肉を食べた」といったわかりやすい行動があった場合はカンピロバクターによる感染性腸炎である可能性がかなり高いといえますが、感染源となった食物がなにかがはっきりしないことも多く、食事内容からは感染性腸炎と断言できないことがほとんどです。便の培養検査などで診断しますが、感染性腸炎でも培養が陰性になることもあります。感染性腸炎か潰瘍性大腸炎かの判別がどうしてもつかないときには、症状が改善したのちもしばらく経過をみて、再燃するようであれば潰瘍性大腸炎だ、というふうに診断せざるを得ない場合もあります。

潰瘍性大腸炎の患者さんが感染性腸炎を合併した場合

もうひとつ注意しなければいけないのは、ずっと症状が落ち着いていた潰瘍性大腸炎の患者さんが突然の下痢と血便で受診してきた場合です。もともと潰瘍性大腸炎を患っている患者さんがこのような症状を訴えてきた場合、果たして潰瘍性大腸炎の再燃か感染性腸炎の合併なのか判断が慎重になります。再燃だと思い込んですぐにステロイド投与を開始したものの、詳しく話を聞いてみたら、カンピロバクター感染性腸炎の可能性も否定できなかったというケースもあります。
本来、潰瘍性大腸炎の再燃の場合、前日まで落ち着いていた潰瘍性大腸炎が突然悪くなるといったことは少なく、数日、数週間単位で徐々に悪くなっていきます。ただ、医師の目でみれば「徐々に」悪くなっているとしても、患者さんの感覚として「突然」だと感じることもあり、患者さんの話からだけでは、潰瘍性大腸炎の再燃か感染性腸炎の合併なのかが判断つかないこともしばしばです。
症状の出現が突然であった場合などは,感染性腸炎の合併であると考え抗生物質による治療を行いますが、潰瘍性大腸炎の再燃であることも念頭に置いて、しばらく様子をみます。抗生物質による治療で症状が改善すれば、やはり感染性腸炎だったということになります。抗生物質で改善しない場合には、潰瘍性大腸炎の再燃を疑います。

感染性腸炎の合併から潰瘍性大腸炎が再燃する危険性

ここまでは「潰瘍性大腸炎か、感染性腸炎か」という「どちらか」を悩むことについて説明してきましたが、「どちらも」という合併のリスクもありえます。例えば、家族で同じものを食べ、家族全員に下痢症状が出た場合、感染性腸炎にかかったことは間違いない。ところが、潰瘍性大腸炎ではない自分以外の家族は2、3日で症状が治まったのに、自分だけ何日経ってもよくならない。そこでよく調べてみたら潰瘍性大腸炎が再燃していた、ということがあります。
すなわち、感染性腸炎がきっかけとなって潰瘍性大腸炎が悪化することがある、ということです。
ですから、潰瘍性大腸炎の患者さんにはこのようなリスクもあることを理解しておいていただきたいのです。特に生の鶏肉など感染性腸炎のリスクがあるような食事に気をつけてもらう必要があります。そして、ただの下痢だと自己判断せずに、体調の変化に気づいたら早めに受診することが大切です。

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