公開:2024年12月23日
IBDの治療やケアについて専門医にお話を伺います。
近年、免疫調節薬、生物学的製剤、分子標的薬などの治療薬が増え、炎症性腸疾患(IBD)の治療は大きく変わり、内科的治療で疾患の勢いを抑えることができるようになりました。しかしながら、内科的治療だけでは炎症を抑えられない、または疾患そのものや治療によって日常生活に支障をきたす場合には、手術(外科的治療)を行うことで病態やQOL(生活の質)を大幅に改善できる可能性があります。重要な治療選択肢の一つであるIBDの手術について、横浜市立市民病院炎症性腸疾患(IBD)科の科長で、炎症性腸疾患センター長の小金井一隆先生に解説していただきました。
横浜市立市民病院 炎症性腸疾患(IBD)科
科長・炎症性腸疾患センター長
小金井 一隆 先生
(取材日時:2024年5月24日 取材場所:崎陽軒本店 会議室)
横浜市立市民病院 炎症性腸疾患(IBD)科
科長・炎症性腸疾患センター長
小金井 一隆 先生
IBDの手術適応には、大きく分けて2つの種類があります。1つは絶対的手術適応といわれるもので、すぐに手術をしなければ生命の危険があるという状態のときです。もう1つは相対的手術適応といわれるもので、すぐには生命の危険はないものの、手術をしたほうが今後の生活の改善が見込まれると考えられるときに行います。
まず、潰瘍性大腸炎を例としてお示しします。潰瘍性大腸炎で絶対的手術適応となるのは、大腸の壁が深い潰瘍のため薄くなり風船のように大きくふくらんでしまった状態(巨大結腸症)、大腸に穴があいてしまった状態(大腸穿孔)、大量に出血して出血が止まらない状態、排便回数が多く、出血して、発熱や貧血がある重症や劇症と呼ばれる状態で強力な内科的治療を行なっても改善しない場合などです。これらの状態では多くの場合、緊急手術が必要になります。また、潰瘍性大腸炎による慢性的な炎症から発生した癌(炎症性発癌)も絶対的手術適応に含まれます。最近はこうした炎症性発癌に対する手術例も増えてきています。
相対的手術適応は、手術をしなくてもすぐに生命の危険にかかわることはありませんが、手術をすることでQOLの改善が見込める場合に手術を行います。
潰瘍性大腸炎の相対的手術適応として、主なものは、内科治療を行っても十分な効果がなく、日常生活や社会生活に困難な生活の質(QOL)が低下した難治例です。例えば、排便の回数の増加のみではなく、トイレに駆け込まなくてはならない、あるいはトイレにゆくのが間に合わず便が漏れてしまうなどの便意切迫があって、内科的治療で改善しない場合などがこれにあたります。便意切迫があると、通勤通学、学校生活、仕事、外出などに影響があり、生活の質が著しく低下するといわれています。内科的治療で改善しない場合には手術を行うことで、排便回数は平均で6~7回程度ありますが、ほとんどの方で便意切迫はなくなります。手術によってより安心できる日常生活がおくれるようになることが見込める訳です。また、小児期に発症し、慢性的な炎症や治療の影響で身長や体重の増加が不十分な成長障害をきたす場合があります。成長障害が続き、身長の伸びに必要な骨端線が閉じてしまうと低身長のままになってしまい、場合によっては二次性徴が発来しないなど、不可逆的な障害を来す場合があります。内科的治療で改善しない場合には骨端線が閉鎖する前に手術を行うことで、成長が期待できます。
手術すべきかどうかを判断する際には、これまでどのような治療をしてきたか、現在の病状はどうか、手術をすることでどのような状態が見込めるのか、手術以外の治療ではどうなのかなどについて、患者さんとご家族、内科、小児科の先生、外科医がよく話し合って総合的に決めることが大切です。
潰瘍性大腸炎で手術を行う場合、大腸をすべて切除する「大腸全摘術」が基本的な術式です。高齢などのため肛門を締める力が弱く、手術後に水分が多い便となると便が漏れてしまう可能性が高い方や肛門に近い直腸に癌が発生しており肛門が残せない方などのように特別な理由がある場合を除いて、肛門を残して手術後も肛門から排便ができる術式が標準的に行われています。
肛門機能を温存する手術には大きくわけて2種類あります。1つめは肛門近くの2cm程の直腸(粘膜)をのこす手術でもう一つは直腸(粘膜)を全てとる手術です。どちらの手術でも大腸につながっていた小腸(回腸)の一部を使って回腸嚢と呼ばれる便をためる袋を作り、この袋と2cm残した直腸かあるいは肛門とつなぎあわせます(吻合)。つなげた部分(吻合部)を守るために、一時的な人工肛門を造る場合が多いですが、2cmほどの直腸を残す術式では人工肛門を造らずに1回の手術ですんでしまう場合もあります。また、絶対的手術適応のうち、穿孔や重症、劇症などで手術を行う場合には全身状態がよくないため、最初の手術が大腸のうち直腸やその上の一部を残して、結腸と呼ばれる部分を切除する「結腸亜全摘術」を行って、全身状態が回復したあとで、その後の手術で「大腸全摘術」を行う分割手術となることがあります。
食べたものは小腸で栄養とある程度の水分を取り込んだ(吸収)あとに、大腸に運ばれてさらに水分を吸収して、便をつくります。大腸は水分の吸収と運ばれた便をためておくという機能を持っています。大腸をすべて切除すると水分を吸収する力が低下するため、便の水分が多くなります。手術後は排便の回数が多く、少量の便が漏れてしまうことはありますが、トイレにかけこむような便意切迫はなくなります。むしろ大腸の炎症のためにおこっていた便意切迫がなくなり、手術の前にできなかったゴルフが安心してできるようになったという方や通勤通学中にトイレに行かなくて済むようになったという患者さんが多く、生活の質が低下していた患者さんではその改善が期待できます。
ただ、先にお話したように、食べたものから水分を取り込む力が低下するため、脱水症には注意が必要です。特に夏場や冬でも暖房が効いている室内、入浴の前後などにも、意識してこまめに水分補給をするようにします。
潰瘍性大腸炎ではさまざまな治療で炎症のコントロールができなかった、あるいは炎症性の癌を生じた大腸を切除することで、基本的に手術までに使用していた潰瘍性大腸炎に対する治療薬が中止できます。特に、ステロイド剤、免疫調節薬、生物学的製剤、分子標的薬など副作用の可能性がある薬剤を使用しなくてよいことはメリットの1つと考えられます。慢性的な貧血や低栄養状態が改善されることも期待できます。水分の吸収を増やし便の回数を少なくするために下痢止めや整腸剤を服用する方もいらっしゃいますが、多くの患者さんは通院回数が減少し、内服が必要ない方などでは1年に1回となる方もいらっしゃいます。
大腸全摘術は手術ですので、入院中や術後もあとにお話する合併症がないわけではありません。欧米のガイドラインにもありますが、合併症は手術の症例数が多い専門施設で少ないといわれています。また、最近では痛みがより少なく、おなかのキズが小さい腹腔鏡をつかった手術を行う施設が多くなっています。