公開:2022年8月22日
更新:2024年9⽉

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エキスパートインタビュー

IBDの治療やケアについて専門医にお話を伺います。

潰瘍性大腸炎と高齢化

IBDは若年での発症が多い疾患ですが、近年、高齢の潰瘍性大腸炎の患者さんが増えています。高齢患者さんのなかには、若年で発症し長い経過を経ている方と、高齢になってから発症された方とがいて、それぞれに注意すべき点があります。高齢者の潰瘍性大腸炎で注意すべきことについて、関西医科大学消化器肝臓内科診療部長主任教授の長沼誠先生に教えていただきました。

関西医科大学 消化器肝臓内科

診療部長 主任教授 長沼 誠 先生

(取材日時:2022年1月19日 取材場所:関西医科大学病院[リモートによる取材])

長沼 誠 誠先生1

関西医科大学 消化器肝臓内科

診療部長 主任教授 長沼 誠 先生

高齢での潰瘍性大腸炎の発症は重症化しやすい

ここまでは若いころに発症して、長年にわたって罹患している高齢の患者さんの注意点を中心に説明してきました。次に、高齢になって初めて発症した場合の注意点についてお話しします。

高齢になって潰瘍性大腸炎を発症した場合は、そうでない場合に比べて重症度が高いというデータがありますが、重症の割合は、20代~30代など若いころに発症した患者さんが8.0%、60代~70代など高齢になってから発症した患者さんが10.6%と、その差はわずかです2)。高齢で発症した人の重症度が高いといわれる理由に、強い免疫抑制治療が行いにくい、感染症合併率や大腸がん合併率などが高いことが指摘されています。そこから考えられるのは、高齢で発症した場合の潰瘍性大腸炎は診断が遅れがちであるということです。

潰瘍性大腸炎では血便、下痢、腹痛、体重減少などの症状がみられます。高齢者ではこうした症状を訴えるタイミングが遅れる、もしくは訴えることもしなかったために、なかなか診断につながらないことがあります。受診の遅れから診断が後れ、診断時にはすでに重症化している人もいます。その結果、適切なタイミングでの治療機会を逃してしまうことがあります。私が担当してきた高齢の患者さんのなかには、血便などの症状に対しても痔が原因と決めつけてしまうことで、受診が遅れたということがあります。

一方で、高齢であることを理由に、医師側が免疫抑制剤や副腎皮質ステロイド剤を投与することをためらうことで、症状が悪化してしまったということもあるかもしれません。

長沼 誠 誠先生2

2)平成30年度 (平成31年3⽉) 厚⽣労働科学研究費補助⾦難治性疾患等政策研究事業
「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」(鈴⽊班)
潰瘍性⼤腸炎 治療指針 supplement ─ ⾼齢者潰瘍性⼤腸炎編 ─ p5
http://www.ibdjapan.org/pdf/doc02.pdf

高齢で発症した患者さんは入院率や手術率も高くなる

高齢で発症した患者さんは、若いときに発症した患者さんに比べて入院率が高いことがわかっています。60~64歳で発症した患者さんと、50歳未満で発症して調査時に60歳以上に達した患者さんとの比較では、前者が潰瘍性大腸炎の増悪により入院した割合は25%、その後手術に至った割合は17%でしたが、後者ではどちらの割合も0%でした3)

潰瘍性大腸炎における手術は、強力な内科的治療を行っても効果が認められない方、大腸に穴があいてしまったり、大量の出血が認められた場合、大腸がんを合併した際に行われます。その他、頻回に入退院を繰り返して通常の生活が送れない場合や、ステロイドによる重大な副作用が現れるおそれがある場合、大腸以外に生じる重篤な合併症を生じた場合や、小児で成長障害がみられ内科的な治療が困難な場合にも行われます。基本的な術式は、大腸を全部取り除く手術が基本となります。

一般的には体力が低下している高齢者に対しては、大腸全摘などの手術は負担が大きいと考えられますが、手術についても薬物療法と同様にタイミングが大切です。高齢の患者さんは心疾患や糖尿病など、手術に影響を及ぼす可能性の高い疾患の合併が多いため、若い患者さんに比べ、手術に耐えられるだけの能力が低下しています。そのため、全身状態が低下する前に手術を行うことが重要です。また、高齢者は肛門機能が低下していることがあり、手術後の便のコントロールが難しいことから、大腸全摘出手術後は人工肛門を造設することが少なくありません。

高齢者だからという理由だけで手術のタイミングを逃してしまうと、その後さらに重症化することもあります。高齢者は前述したような合併症のリスクも注意しなくてはなりませんから、術後も専門医に診てもらうと安心かと思います。

3)平成30年度 (平成31年3⽉) 厚⽣労働科学研究費補助⾦難治性疾患等政策研究事業
「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」(鈴⽊班)
潰瘍性⼤腸炎 治療指針 supplement ─ ⾼齢者潰瘍性⼤腸炎編 ─ p6
http://www.ibdjapan.org/pdf/doc02.pdf

我慢せずに適切なタイミングで治療を

年齢にかかわらず、潰瘍性大腸炎では適切なタイミングで、適切な治療を行うことが大変重要です。治療のタイミングを逃したことで、合併症などを引き起こさないようにしなくてはなりません。高齢になると症状の現れ方が弱くなるといわれており、再燃の兆候が見逃される可能性があります。そのため、家族など周囲の方々のサポートが、必要となります。患者さん本人が体調の変化に気づいていないこともありますので、周囲が少しでも異変を察知したら、すみやかに受診するよう促すことも大切です。

加えて、高齢者は症状が出ていても我慢をしてしまう人が多いです。例えば、2ヵ月ごとに外来で診察を受けている患者さんが、受診から2週間後くらいで体調が悪化した場合に、次の予約日まで我慢してしまうことがあります。かなり悪くなってから受診された高齢の患者さんに「なぜもっと早く来なかったんですか」と尋ねると、「予約まで待っていた」と答えることが少なくないのです。高齢者に限ったことではありませんが、体調の異変や困ったことがあれば、予約に関係なく連絡してください。

主治医として患者さんの話をよく聞く

潰瘍性大腸炎を含むIBDは、数十年単位での付き合いになる病気です。私が診てきた患者さんのなかには、若いころから治療をはじめ、今では60代、70代になられた方もいます。長年受診されている患者さんから、IBD以外の病気について相談されることもあります。相談を受けたときは、自分が専門とする疾患ではない場合でも、患者さんの話をよく聞いて、必要があればその疾患の専門医につなぐようにしています。まずは患者さんの不安や思いを受け止めて理解してあげることを大切にしています。

IBDを診察する際も、患者さんの声に耳を傾け、ときには言葉にならない思いを引き出すようにしています。高齢の患者さんは「周りに迷惑がかかるから」などとご自分の状態や症状などを話すことを遠慮することがあります。そのようなときにはこちらから歩み寄って、患者さんが話しやすい状態を作るようにしています。そうして話を聞いてゆくと、データだけでは見えないことが見えてくることがよくあるのです。

今後も、患者さんの病気だけではなく、生活や人生までもがより良くなることを重視した治療を進めていきたいと考えています。