Dr.コラム Doctors column

2015年4月

Vol.1 IBD治療のいま

潰瘍性大腸炎とクローン病の治療に携わって40年。この道の先駆者・第一人者としてIBD治療をリードする北里大学北里研究所病院 炎症性腸疾患治療センター センター長で慶應義塾大学医学部名誉教授の日比紀文先生に、治療法の変遷とそれに伴う患者さんの生活の変化、そして、患者さんへのメッセージを伺いました。治療法の進歩で、現在では多くの患者さんが普通の生活を長く続けられるようになっています。

40年前は治療法もなく、就職や結婚を諦めざるを得ない方も……

北里大学北里研究所病院
炎症性腸疾患治療センター
センター長 日比 紀文先生

私が医学部を卒業したのは1973年ですが、その頃から厚生省(現在の厚生労働省)の後押しで難病に対する研究が始まり、私もIBD疾患である潰瘍性大腸炎とクローン病の研究と臨床に取り組むことになりました。当時の日本では、潰瘍性大腸炎もクローン病もまだ患者数が少なく、治療法も確立しておらず、IBDの患者数が多い欧米の文献を参考に手探りで研究を進めたものです。当時は、病院にかかっても病名さえわからず、つらさに耐えながら何年も過ごす患者さんもいました。

IBDは、複数の因子(免疫システムの異常、腸内細菌、食生活、精神的ストレス、遺伝子の変異など)が関与して発症すると考えられていますが、まだはっきりとした原因がわかっていないため、“完治”させる特効薬はありません。ただし、今世紀に入ってから、抗TNF-α抗体製剤(インフリキシマブ)などの画期的な薬剤の登場で、他の薬剤で効果が得られなかった難治例の患者さんの症状もかなりコントロールできるようになりました。

治療でいったん炎症が抑えられても、QOLの維持は難しかった

潰瘍性大腸炎もクローン病も、炎症を抑えることが第一の治療目標となります。まずは、薬物療法もしくは栄養療法によって、寛解導入を目指し、寛解が得られたらその状態を維持するようにします。ただし、炎症を繰り返すことがある点が問題です。入退院を繰り返すこともしばしばありました。

2002年に抗TNF-α抗体製剤が登場するまでは、次の薬剤が治療の中心でした。比較的作用が穏やかな5-ASA製剤で効果がみられない場合は、ステロイド薬を選択しました。ステロイド薬は速やかに炎症を抑える強力な薬ですが、寛解維持療法には適さず、ステロイド薬をやめると症状が悪化する、ステロイド薬が効かない、副作用などの問題があります。ステロイド依存にならないよう、私どもは免疫調整剤を取り入れていましたが、免疫調整剤ではコントロールできず、何度もステロイド薬による治療をしなければならないときは患者さんもつらいですし、医師も難渋しました。

クローン病での栄養療法は副作用がなく安全な治療法ですが、寛解導入では入院して毎日24時間栄養剤だけで過ごさなければならず、その間、通常の生活が送れませんでした。寛解維持で栄養療法を行う場合は、日中の食事は少量にして、主に、就寝中に栄養剤を集中的に入れる生活になり、患者さんにもご家族にも相当な負担になっていました。

また、クローン病では、痔瘻などの肛門病変の合併症のため、何度も手術を受けなくてはならない人もいました。次々と難題に悩まされているクローン病の患者さんは「治療をしても治らない」と感じていたかもしれません。

このようにIBDは1回治療を受ければ終わりというわけにはいかず、適切な治療の組み合わせで寛解を維持するのが困難な場合、周囲の人と同じような生活を送れないのが患者さんの最大の悩みでした。勉強や仕事に集中できず、皆と一緒に昼食も食べられない、授業中や仕事中にたびたびトイレに駆け込まなければならないなど、身体だけではなく精神的にも大きな負担が強いられていました。IBDは、20歳前後に発症する人が多く、入試や就職、結婚などその後の人生を左右するイベントが多い時期と重なりますので、患者さんの悩みも本当に深いものだったと思います。

抗TNF-α抗体製剤の登場で、難治例の患者さんも寛解が得られた

日本では2002年から抗TNF-α抗体製剤がクローン病の治療に、2010年には潰瘍性大腸炎にも使えるようになりました。私も治験に参加しましたが、このようなタイプの薬が慢性の炎症疾患に使われるのは初めてでしたし、TNF-αは結核などの感染を防いだり腫瘍を壊死させたりする免疫系の因子ですから、それを抑えることに、躊躇する気持ちもありました。しかし、難治例の患者さんにも、寛解導入、寛解維持ができるようになったことは画期的でした。抗TNF-α抗体製剤は、現在では治療の切り札として多用されるようになっていますが、医師の側は適応外の軽症例などに安易に使うことは避け、患者さんの症状や特性に合わせて治療法を選択していく必要があります。

現在、潰瘍性大腸炎の場合、原則として寛解導入には5-ASA製剤、ステロイド薬を選択しますが、効果がみられない場合は抗TNFα抗体製剤か、免疫抑制剤のタクロリムス(プログラフ、FK506)を使います。寛解維持には5-ASA製剤、もしくは免疫調整剤で治療します。ただし、抗TNF-α抗体製剤で寛解導入したら寛解維持も同じ薬で行うのが原則です。抗TNF-α抗体製剤の効果を減弱させないために、免疫調整剤を併用することもあります。寛解導入がうまくいけば、寛解維持には免疫調整剤、あるいは5-ASA製剤だけで再燃を抑えられることも多くなりました。

現在、クローン病の寛解導入は、軽症では、5-ASA製剤、中等症以上では、栄養療法、ステロイド薬、抗TNF-α抗体製剤のいずれかが使用されます。栄養療法は安全な治療法ですが、QOL(生活の質)の観点から患者さんに無理を強いる場面もでてきます。抗TNF-α抗体製剤が繁用されるようになるにつれ、栄養療法はあまり行われなくなりました。寛解維持には5-ASA製剤、免疫調整剤を用います。ただし、抗TNF-α抗体製剤で寛解導入したら寛解維持も同じ薬で行います。

なお、潰瘍性大腸炎、クローン病ともに、寛解導入に白血球除去療法を行うこともあり、潰瘍性大腸炎では効果が得られています。

寛解する患者さんが増えるとともにQOLも改善された

抗TNF-α抗体製剤の登場によって、IBDの治療は画期的に変わりました。完全に炎症が抑えられるケースもあらわれ、多くの患者さんで普通の生活ができるようになっています。2014年には、抗TNF-α抗体製剤のバイオシミラー(バイオ後続品)も登場し、治療の選択肢がさらに増えました。

以前は、寛解導入でステロイド等の静脈注射をする場合、入院するケースが多かったのですが、抗TNF-α抗体製剤は外来でも投与できますから、患者さんのQOLは格別に向上したといえます。

寛解が得られる患者さんは、潰瘍性大腸炎では70~80%程度と考えられますが、他の薬剤で効果がなく、抗TNF-α抗体製剤で寛解となる人がいるので、全体では80~90%くらいになっています。手術の対象になる人も減っているという印象があります。

クローン病では、60~70%と潰瘍性大腸炎より若干低いものの、完全に症状がなくなる人は確実に増えています。栄養療法や肛門病変によるつらい症状で悩む日々から解放されることが夢ではなくなったのです。ただし、瘻孔、狭窄、腹腔内膿瘍などクローン病の合併症をどの程度減らせるかは未知数です。

寛解を維持するためのポイント

IBDという病気は長く付き合わないとならない病気です。しかし、国の難病対策の指定疾患にもなっていますので、患者さんは、医療費公費負担受給申請し、交付されれば、経済的な負担もなく適切な治療が受けられます。ですから、難病だからと落ち込んで、学業、就職、結婚、出産を諦めることなく、いろいろなことにチャレンジしてほしいと思います。以前は、常に病気への意識を抱えながら生活を送らなくてはなりませんでしたが、病気を忘れて暮らすことも夢ではありません。家族や周囲の人も病気の知識を共有して、患者さんをサポートしてほしいと思います。以下の点に注意をして、日常生活を送ってください。

今後の課題として、抗TNF-α抗体製剤が効かない場合はどうするか、効いている場合もいつまで続けるのか、そして、根本的な治療をいかに探すかなど、私たち医師が解決すべき問題も残っています。患者さんとよく相談しながら、よりよい治療に取り組んでいきたいと思います。

患者さんは、何かあったらすぐに私たちに相談してください。医師をはじめ看護師、薬剤師、栄養士に相談しながら、炎症のない状態を長く続けるという気概をもって過ごしていただきたい、と願っています。