公開:2022年8月22日
更新:2024年4⽉

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エキスパートインタビュー

IBDの治療やケアについて専門医にお話を伺います。

潰瘍性大腸炎と高齢化

IBDは若年での発症が多い疾患ですが、近年、高齢の潰瘍性大腸炎の患者さんが増えています。高齢患者さんのなかには、若年で発症し長い経過を経ている方と、高齢になってから発症された方とがいて、それぞれに注意すべき点があります。高齢者の潰瘍性大腸炎で注意すべきことについて、関西医科大学消化器肝臓内科診療部長主任教授の長沼誠先生に教えていただきました。

関西医科大学 消化器肝臓内科

診療部長 主任教授 長沼 誠 先生

(取材日時:2022年1月19日 取材場所:関西医科大学病院[リモートによる取材])

長沼 誠 誠先生1

関西医科大学 消化器肝臓内科

診療部長 主任教授 長沼 誠 先生

潰瘍性大腸炎で高齢の患者さんが増加

潰瘍性大腸炎は、これまで20代~30代の年齢で発症する割合が高い病気とされていましたが、近年、高齢の患者さんが増えてきています。その理由としては2つの原因があります。一つ目の理由としては、日本の人口における急速な高齢化の波に伴い、若年発症した患者さんが年齢を重ねるうえで高齢になられたこと。そしてもう一つは60代、70代になって初めて発症(初発)するケースが増えたことです。

潰瘍性大腸炎は長い経過を辿ることが多く、発症後の経過は患者さんによって異なりますが、約半数の患者さんが「再燃寛解型」と呼ばれるタイプで、症状の再燃と寛解を繰り返しています。そのほかにも初回の症状が起こってから6ヵ月以上、炎症の状態が続く「慢性持続型」というタイプの患者さんもいます。かつては「高齢になると免疫機能が低下するので、潰瘍性大腸炎の炎症も起こりにくくなる」といわれていました。ところが近年、高齢の患者さんでも症状が再燃し、重症化あるいは難治化したという症例もあり、治療において、発症年齢や罹患期間を考慮しながら治療方針を決定する必要が出てきています。

高齢化により大腸がんに対するリスクも上昇

高齢の患者さんには、若い世代とは異なる注意点がいくつかあります。まず注意すべきは、発がんのリスクです。診断から10年経つと2%、20年で8%、30年で18.4%と発がんリスクが上昇するとの報告があります1)。罹患期間が長い高齢化した患者さんから、発がんすることが危惧されています。ただし、近年はバイオ医薬品など治療薬の選択肢が増えたことで炎症をコントロールできるようになってきたため、この数字も下がってきているようです。

日本国内のデータでは潰瘍性大腸炎に合併する大腸がんの約8割は、潰瘍性大腸炎で炎症が起きることの多い直腸とS状結腸で発症しています。そのため潰瘍性大腸炎発症から8年以上経っていて、炎症の範囲が大腸全体におよぶ全大腸炎型、または下行結腸からS状結腸、直腸に至る左側大腸炎型の患者さんは、可能な限り早めに内視鏡検査を受けることをお勧めします。

UCの症状

[参考]福島恒男 編集『IBDチーム医療ハンドブック第2版』(2012年 文光堂)98頁 図1

1)⽇本消化器病学会雑誌第103巻第7号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nisshoshi/103/7/103_7_805/_pdf

治療に伴い注意が必要となる感染症のリスク

ほかにも高齢の患者さんでは注意しなければならないことがあります。加齢により免疫機能が低下していることに加えて、潰瘍性大腸炎の治療で免疫を抑制する薬を使用している場合、感染症にかかるリスクがあります。

免疫抑制状態ではさまざまな感染症のリスクがありますが、とくに注意してほしいのは、ニューモシスチス肺炎です。ニューモシスチス・イロベチイという病原体によって引き起こされるニューモシスチス肺炎に、免疫抑制状態にある高齢者や免疫不全の患者さんが感染すると重篤な症状となることが少なくありません。ニューモシスチス肺炎などの感染症を予防するために、肺炎リスクの高い患者さんに対しては、潰瘍性大腸炎の治療の際にST合剤を投与して対処することがあります。

また、患者さんのQOL(生活の質)への影響が大きいのが帯状疱疹です。帯状疱疹の原因となる水痘帯状疱疹ウイルスは、初感染では水痘(水疱瘡)を引き起こします。水痘が治癒してもこのウイルスは体内に潜伏し続け、疲労やストレスなどで免疫機能が低下しているときに再び活動を始め、帯状疱疹を発症させます。とくに高齢者は感染リスクが高く、抗ウイルス薬の投与によって皮膚症状が落ち着いた後も、ピリピリした強い痛みを伴う帯状疱疹後神経痛などの後遺症に悩まされる人も多いです。

感染症のほかにも、高齢者は薬の影響で腎機能が低下してしまうリスクが若い人に比べて高いため、治療の際には十分な注意を払います。高齢になると免疫機能と同様に腎機能も低下するため、同じ薬剤を使っていても、若い人よりも腎臓への負担が大きくなる懸念があります。

高齢であっても患者さんの状態に合わせた適切な治療を行う

感染症などのリスクを低減するため、高齢の患者さんには免疫を抑制する薬を使わないという判断をすることもできます。しかし、それにより潰瘍性大腸炎の症状が悪化してしまうことは問題です。実際に私が担当している患者さんのなかにも70代、80代の方がいますが、TNF-α抗体製剤など免疫抑制作用のある薬を使っています。年齢で考えるのではなく、一人ひとりの患者さんの病態、状態をみて、治療は選択されるべきです。高齢だからという理由だけで潰瘍性大腸炎の治療を制限することはないというのが私の考え方です。

また、高齢の患者さんは潰瘍性大腸炎以外にも、高血圧や脂質異常症といった病気を抱えている人も多いです。そのため、それらの治療のために処方されている薬との飲み合わせを心配されます。高血圧などの症状改善のために、血圧を下げる薬(降圧剤)や血液をサラサラにする薬(抗血小板薬や抗凝固剤)などを使用されている場合は、潰瘍性大腸炎の治療に影響を与えることもあるため、服薬していることをしっかりと主治医に伝えることが必要です。

潰瘍性大腸炎の高齢発症について伺います>