公開:2023年11月17日
更新:2024年10⽉
IBDの治療やケアについて専門医にお話を伺います。
非特異性多発性小腸潰瘍症(CEAS)は小腸に潰瘍を形成する難治性の病気で、クローン病との鑑別が重要となります。患者数が少なく治療法の開発がされにくいなか、CEASの病態解明に向けて研究と臨床に取り組む、岩手医科大学内科学講座消化器内科分野で教授を務める松本主之先生に、CEASの特徴や診療について伺いました。
岩手医科大学 内科学講座消化器内科分野
教授・診療科部長 松本 主之 先生
(取材日時:2022年10月11日 取材場所:岩手医科大学附属病院[リモートによる取材])
岩手医科大学 内科学講座消化器内科分野
教授・診療科部長 松本 主之 先生
非特異性多発性小腸潰瘍症(CEAS:Chronic enteropathy associated with SLCO2A1)は、小腸に浅い潰瘍が多発する非常に稀な病気です。難病情報センターによると日本における患者さんの数は、約200人程度(※)と推定されています。
※厚生労働省「腸管希少難病群の疫学、病態、診断、治療の相同性と相違性から見た包括的研究班」(日比班)が炎症性腸疾患診療に携わる58施設を対象に行ったアンケート調査によるもの。
多くの方は若年期で発症しますが、高齢の方でも認められています。特徴としては、小腸に多発した潰瘍部分から持続的に出血しているため、重度の鉄欠乏性貧血と低蛋白血症が起こることがあります。消化管が狭窄(狭くなること)することで腹痛を訴えることはありますが、下痢や肉眼的血便を伴う腹部症状はほとんどありません。そのため、学童期に強い鉄欠乏性貧血の症状に悩まされて小児科を受診しても、通常は消化器の検査まで行わないため、原因がわからないまま鉄欠乏性貧血と見なされ、診断までに10年以上の年数を要した患者さんもいます
長期にわたる貧血や低蛋白血症は成長にも影響します。そのため、CEASの患者さんには低身長、低体重、皮膚が蒼白といった身体的特徴が見られることがあります。幼少期にCEASを発症した患者さんの場合、男性では声変わりがしない、女性では初潮がこないといった二次性徴の異常をきたし、それをきっかけにCEASだと診断されるケースもあります。
CEASはいまだに治療法が確立されていないため、発症後は潰瘍によって生じる症状が改善したり悪化したりを繰り返します。また、貧血と低蛋白血症も持続します。
CEASという病気は1968年に、九州大学の岡部治弥博士らによって世界で初めて報告されました。報告当初は九州地方でしかこのような患者さんが見つかっておらず、その地域特有の病気ではないかとまでいわれていました。その後日本全国でも症例が見られるようになり、最近では韓国、中国などのアジア圏からの報告も増えてきています。
これまで発症原因が明らかになっていなかったCEASですが、長期にわたるデータ集積により、従兄弟やはとこなど、血族結婚をしている人で多いことが分かりました。そこで、遺伝子解析技術を用いて家族歴のあるいくつかの家系を調べたところ、SLCO2A1という遺伝子の変異が原因であることが明らかになりました。
本症は遺伝する病気ですが、父親、母親のどちらか一方だけに遺伝子変異がある場合には発症はしません。両親ともに染色体に遺伝子変異を有し、その両方が子供に遺伝した場合に発症する可能性があります。ちなみに、2本存在する染色体のうち1本のみに遺伝子変異をもっている人のことを保因者といい、SLCO2A1の保因者は日本人では約500人に1人といわれています。
CEAS発症の原因となるSLCO2A1という遺伝子は、小腸粘膜の保護作用があるプロスタグランジンという生理活性物質が、細胞の外から細胞の中に入ってくるために必要な輸送体を規定します。詳しいメカニズムは解明されていないものの、CEASはSLCO2A1の遺伝子変異によってプロスタグランジン輸送体の機能が失われ、小腸粘膜でプロスタグランジンを利用することができなくなったことが原因で発症するものと考えられています。
SLCO2A1は、指定難病である肥厚性皮膚骨膜症という整形外科で診る病気の原因遺伝子としても知られています。肥厚性皮膚骨膜症は、手足の指先が広くなる太鼓ばち指、長管骨(腕や脚の部分の細長い骨)の骨膜性骨肥厚、皮膚肥厚性変化(脳回転状頭皮を含む)という3つの特徴をもつ病気です。実際にCEASの患者さんのなかでも、肥厚性皮膚骨膜症を合併されている患者さんもいます。
どちらの病気もSLCO2A1の遺伝子変異が原因となりますが、男女比で見るとCEASを発症するのは1:2の割合で女性が多いです。一方、肥厚性皮膚骨膜症は15:1と圧倒的に男性が多いため、男性患者さんの場合は肥厚性皮膚骨膜症の症状からCEASの診断に至ることもあります。
CEASとの鑑別が重要な病気には、クローン病や腸結核、腸管ベーチェット病/単純性潰瘍、薬剤性腸炎などがあります。しかしながらCEASとこれらの疾患では、主な症状や経過が異なるほか、抗生物質などの薬剤服用歴も鑑別するうえでのポイントとなります。
なかでもクローン病との鑑別では、クローン病は口腔から肛門まで、消化管のどの場所でも起こります。典型的な症状としては下痢、腹痛、発熱、体重減少があり、小腸や大腸を中心に慢性的な炎症が起き、びらんや潰瘍ができます。それに対してCEASは、潰瘍も比較的浅く、炎症がほとんど見られないという点でクローン病とは異なっています。
CEASは小腸や十二指腸から持続的な出血があるため、主症状として貧血や低蛋白血症による手足のむくみが発現します。その他、下痢や腹痛、潰瘍による腸の狭窄と閉塞を引き起こすこともあります。
非特異性多発性小腸潰瘍症(CEAS)の主な検査について伺います>