Dr.コラム Doctors column

2017年1月

Vol.6 バイオ医薬品のことを知ろう

IBDの治療は、効果の高いお薬が開発されたことによって確実に進歩しており、よい状態を長く保てる患者さんが増えています。そんなお薬のなかでも、バイオ医薬品は他のお薬で十分な効果を得られなかった患者さんにも効果を発揮し、注目されています。バイオ医薬品とはどのようなお薬なのでしょうか。札幌医科大学医学部消化器内科学講座教授の仲瀬裕志先生にお話をうかがいました。

バイオ医薬品ってどんなお薬? バイオ医薬品の基礎知識

札幌医科大学医学部
消化器内科学講座
教授 仲瀬裕志先生


バイオ医薬品のいちばんの特徴は、特定の病気の発病に関わる物質に、ピンポイントで作用することです。世界で初めて開発されたバイオ医薬品はインスリンです。ご存じのように、インスリンには血糖を下げる作用があり、高血糖になるのを抑えます。その働きを糖尿病の治療に利用しているのです。

IBDの治療のために開発されたバイオ医薬品には、腸管粘膜の炎症に関わる物質(TNF-α)に作用し、炎症を抑える効果があります。潰瘍性大腸炎にもクローン病にも有効で、他のお薬でなかなか症状が治まらなかった方にも効果が得られています。

【サイト内参考記事】
潰瘍性大腸炎:「バイオ医薬品によって変わった潰瘍性大腸炎の治療」
クローン病:「バイオ医薬品によって変わったクローン病の治療」

IBDの患者さんのなかでバイオ医薬品の使用が適しているのは、他のお薬では症状を抑えることができなかった方、また、副腎皮質ステロイド薬(※1)の減量や中止が難しい方です。
副腎皮質ステロイド薬でいったん症状がよくなるものの、副腎皮質ステロイド薬を中止すると再燃(※2)してしまう方や、副腎皮質ステロイド薬の使用量が徐々に増えていってしまう方の場合は、積極的にバイオ医薬品の使用を検討します。

早期にバイオ医薬品の使用が検討されるケース

バイオ医薬品への関心は高く、その使用基準については患者さんからもよく質問を受けます。そのときに私が患者さんにお伝えするのは、バイオ医薬品は必要な人に適切に使用することが大切だということです。

5-ASA製剤や免疫調整剤などのお薬で、十分に症状が治まっている方は現在の治療を続けるのが最善です。

一方、それらのお薬で症状の改善が得られず、副腎皮質ステロイド薬が手放せないという方の場合は、次の一手として早めにバイオ医薬品の使用を考えます。
病気のために腸管粘膜の強い炎症が長く続くと、潰瘍性大腸炎の場合は腸管粘膜のがん化、クローン病の場合は腸管が変形するリスクが高くなることがわかっているからです。

免疫調整剤でバイオ医薬品の力を引き出す

IBDの場合、バイオ医薬品である抗TNF-α製剤に免疫調整剤を併用すると、免疫調整剤が抗TNF-α製剤の力を引き出し、炎症を速やかに抑えられることがわかっています。すでに免疫調整剤を使用している方の場合は、抗TNF-α製剤をプラスします。

バイオ医薬品のみの治療では、途中でお薬の効果が弱くなる「二次無効」(※3)のリスクが高くなることが指摘されていますが、免疫調整剤を併用することによって、そのリスクを軽減することもできます。

バイオ医薬品の効果を維持して長く使用するためにも、免疫調整剤の果たす役割は大きいのです。
症状が落ち着いたら、途中で免疫調整剤をやめることを検討します。

日本では、さまざまな事情で免疫調整剤の効果が低く評価されてきた傾向があります。しかし、バイオ医薬品との併用効果が明らかになったことで、免疫調整剤の存在価値は高まっています。

治療を始める前の感染症チェックが重要

バイオ医薬品を使う際、もっとも注意しなければならないのは感染症です。バイオ医薬品には、細菌やウイルスに感染したときに闘う免疫の働きを抑える作用があるため、感染症をもつ患者さんにバイオ医薬品を使い続けると、悪化させてしまう危険があるのです。

患者さんが気づきにくい感染症としては、肺炎や結核、心臓の筋肉への感染(心筋炎)、B型肝炎などのほか、カビによる感染があります。一部のウイルスでは、体内にウイルスが存在していても体に影響を及ぼさない場合があります。クローン病の患者さんの中には、ご自身は知らない間に、腸管に瘻孔(※4)ができ、後腹膜(腹膜の外側のこと。腹腔の背側で、腹膜と背骨や背筋との間の領域)に膿が溜まっていることもあるのでより注意が必要です。
したがって、体のどこかに感染症が潜んでいないか、バイオ医薬品を使い始める前には、全身を徹底的に調べます。

検査の結果、何らかの感染症が見つかった場合には、まず感染症の治療を行い、完全に治ってからバイオ医薬品によるIBDの治療を始めます。

バイオ医薬品で治療中に注意してほしいこと

「病気の治療を始める際
には、あらかじめ注意す
べき副作用を知っておき
ましょう」


バイオ医薬品による治療中も、感染症への注意が必要で、早期発見が大切になります。
熱が出て全身がだるいなど感染症を疑う症状に気づいたら、すぐにかかりつけの病院に相談しましょう。

IBDの治療のために遠方の病院にかかっている方は、感染症の症状があらわれたときにはどうすればよいかを、事前に医師や看護師に確認しておきましょう。
できれば、より高度で専門的な診療を行う大学病院などと連携関係にある病院をお住いの地域で見つけ、普段はその病院にかかるようにすると、発熱など不測の事態が起こったときに安心です。


感染症以外では、アレルギー症状や皮膚症状にも注意が必要です。
アレルギー症状はあらゆるお薬で起こる可能性がありますが、バイオ医薬品はタンパク質が主成分で分子量が大きいため、一般のお薬よりも起こりやすいといわれています。
バイオ医薬品を使用する際には医師からアレルギーの説明がありますので、内容をよく聞き、疑問があれば質問しましょう。

皮膚症状としてあらわれるのは、乾癬様(かんせんよう)の皮疹です。皮膚が赤くなって盛り上がり、フケのような銀白色の鱗屑(りんせつ)が伴います。バイオ医薬品を中止すると症状は消えるので、乾癬ではなく、あくまでも乾癬様、乾癬に似ている皮膚症状の一つです。
乾癬様の皮疹には、副腎皮質ステロイドの軟膏を塗ったり、バイオ医薬品の使用量を調節することで対応できます。

このような皮膚症状があらわれる割合は5%ほどですが、女性と喫煙者にやや多い傾向があります。
また、この症状はバイオ医薬品の使用を始めて、すぐにあらわれるのではなく、2年ほどで出現することが多いので、このような副作用があるということを覚えておきましょう。
もし、皮膚症状があらわれた場合は、主治医に相談するのが基本ですが、遠方などの理由ですぐに受診できないときは、お近くの皮膚科を受診し、IBDのためにバイオ医薬品による治療中であることを伝えてください。

日常生活のケアがよい状態を保つ大きな助けになる

バイオ医薬品は、治療が困難だった患者さんの症状を大きく改善させる効果があります。それまでのことが嘘のように普通の生活ができるようになり、患者さんに、自然と笑顔が戻ってきます。
普通の生活ができるようになると、つい油断して無理をしてしまう方もいますが、治療によって症状が治まっても、それは治癒ではなく寛解です。

腸管粘膜のよい状態を保つためには、IBDの大敵であるストレスと不規則な生活を避け、食事は和食を中心に、適量を食べるという基本を守りましょう。
お酒はたくさんでなければ飲んでもよいでしょう。ただし、ビールなど腸管粘膜に負荷を与える炭酸を含むものはできるだけ避けてください。
日常生活のケアを続けることで、バイオ医薬品がもたらす効果を最大限に得ることができるのです。

私たち臨床医がもっともよろこびを感じるのは、患者さんの笑顔を見たときです。患者さんの笑顔のために仕事をしているといっても過言ではありません。
すぐれたお薬の登場でIBDの治療は進歩しましたが、まだ100%ではありません。患者さんたちの訴えや症状に向き合い、ともに歩むこと、そして1人でも多くの患者さんに、少しでも長く笑ってもらえるための治療、研究を行うことが私たちの使命だと思っています。


注釈

※1
副腎皮質ステロイド薬:強力な炎症抑制作用があり、症状を改善し、寛解導入する効果が期待できますが、長期間にわたる服用はさまざまな副作用の発現が考えられるため、症状の改善に伴い、徐々に減量することが重要なお薬です。
 



※2
再燃:病気の症状が軽くなったり、なくなったりした状態を「寛解」といいますが、寛解後に、再度症状が生じることを「再燃」といいます。



※3
二次無効:治療を始めたときは、十分な治療効果が得られたものの、長期にわたって治療を続けていくうちに、お薬が効かなくなることを二次無効といいます。はじめから効き目がない場合は、一次無効といいます。




※4
瘻孔:皮膚や粘膜、臓器の組織に生じた管状の穴のことです。原因としては、遺伝によるものもありますが、多くは炎症によって生じます。