公開:2023年11月17日

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エキスパートインタビュー

IBDの治療やケアについて専門医にお話を伺います。

IBDと似た腸の病気~非特異性多発性小腸潰瘍症(CEAS)~

非特異性多発性小腸潰瘍症(CEAS)は小腸に潰瘍を形成する難治性の病気で、クローン病との鑑別が重要となります。患者数が少なく治療法の開発がされにくいなか、CEASの病態解明に向けて研究と臨床に取り組む、岩手医科大学内科学講座消化器内科分野で教授を務める松本主之先生に、CEASの特徴や診療について伺いました。

岩手医科大学 内科学講座消化器内科分野

教授・診療科部長 松本 主之 先生

(取材日時:2022年10月11日 取材場所:岩手医科大学附属病院[リモートによる取材])

松本 主之先生01

岩手医科大学 内科学講座消化器内科分野

教授・診療科部長 松本 主之 先生

小腸内視鏡と遺伝子診断が主な検査

CEASであることが疑われた場合、内視鏡検査を行います。小腸を検査する内視鏡としては、カプセル内視鏡とダブルバルーン内視鏡という方法が広く用いられます。しかし、腸管が狭窄していた場合、カプセル内視鏡では詰まってしまうリスクがあります。そのためCEASの診断においては、ダブルバルーン内視鏡が有効です。

ただ、内視鏡の検査だけでは診断が難しいこともあるため、患者さんの症状や病歴、家族歴を確認したうえで、必要に応じて遺伝子解析検査を行います。遺伝子解析検査は保険適用外ではありますが、この検査で原因遺伝子であるSLCO2A1に遺伝子変異がみられた場合、CEASであると確定診断をすることができます。

残念ながら、現時点でCEASを根治する治療法は確立されていません。主な症状の貧血や低蛋白血症に対しては、心臓近くにある太い血管から高カロリーの栄養輸液を体内に取り入れる中心静脈栄養療法を行います。しかし、その治療法によって、まれに血管に狭窄が起こることがあります。また、食事の経口摂取を再開すると潰瘍が再発する場合もあります。

強い腹痛をおこす小腸の狭窄に対しては、内視鏡によるバルーン拡張術を行います。また、悪くなった場合には手術をすることがあります。しかし、手術で小腸を切除しても、再発を繰り返す病気なので、手術を避けるためにも内科的治療で貧血症状を抑えつつ経過を見ていきます。

内科的治療は貧血と低栄養状態の改善を中心に

内科的治療は経腸栄養剤による栄養療法、鉄剤の投与、アルブミン製剤の投与を中心に行います。貧血の治療として、CEASは小腸や十二指腸から持続的な出血があることから鉄剤の経口投与だけでは間に合わないため、静注療法も行います。

以前は静注療法のため、患者さんは毎日病院に通う場合がありました。しかし、新しい薬の開発により、以前よりも少ない投与回数で必要な量の鉄を投与できるようになり、患者さんの負担は軽減されたように思います。

低蛋白血症に対しては、腸管の狭窄を起こさないよう注意しつつ、経腸栄養剤と通常の食事を適度に組み合わせながら対処します。腸管狭窄によって腸閉塞(腸がつまること)が起こった場合には、かなり強い腹痛や、吐き気、腹部膨満感をきたすことがあります。現在は、内視鏡によるバルーン拡張術で狭窄を治療できるようになりましたが、以前は腸閉塞を起こすたびに手術をすることが多く、患者さんの身体的負担もかなり大きかったと思います。

CEASの患者さんは、生まれつき小柄で痩せ型という方も多く、体力的な面で健康な方と同じように生活できない部分はあるかと思いますが、多くの患者さんが就職されています。女性の患者さんのなかには、出産・育児を経験されている方もおられます。

気長につき合っていくことが大切

今後に向けて、やはり治療法の開発が大きな目標になります。CEASはSLCO2A1の遺伝子変異により、プロスタグランジンが細胞の中に入っていかないために起こる病気です。そのようなことから、プロスタグランジンの輸送体をつくることができれば治療への道も開けるのではと考えております。そのためには遺伝子治療が有効と考えられますが、患者さんの数が少ない病気であるため、積極的に治療法の開発がされにくいという課題があります。

NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)という解熱鎮痛薬の副作用である胃の潰瘍や喘息の発症にもプロスタグランジンが関係しています。NSAIDsによる副作用の予防という観点から、プロスタグランジンの研究が進むことによって、CEASの治療に役立つ研究成果が出てくることを期待しています。
CEASは珍しい病期であるため、専門的に診療する医師は多くありません。東北に住む私のところには、関東地方から数年ごとに受診して来られる患者さんもいますし、九州大学時代に診察していた患者さんとも、今でも定期的に連絡を取り合っています。CEASを発症された患者さんには、「長いお付き合いとなる病気ですので、適度な経腸栄養療法と食事のバランスを意識して治療しましょう」、「強い腹部症状がある場合には、早めに受診してください。」、「その時は、症状に応じて内視鏡によるバルーン拡張術を行いましょう。」と伝えています。

私は炎症性腸疾患(IBD)の患者さんも多く診察をしています。最近では、IBDに対する新しい薬剤が次々と開発されていますので、患者さんには新たな治療の開発に期待しながら、大腸がんにならないように気をつけていきましょうと伝えています。特にクローン病はCEASとは比べものにならないほど腸管の狭窄が強く、手術を回避できなくなるケースが多いので、患者さんの病状を考慮しながら最適な治療方法を一緒に探っていきます。

CEASはこれらIBDの病気ほど劇的に病状変化することはありません。私たちは長期にわたる貧血や低蛋白血症などの辛い症状に寄り添いつつ、少しでもQOL(生活の質)を向上できるようサポートしていきますので、患者さんにも気長に病気と向き合ってほしいと思います。