Dr.コラム Doctors column

2017年5月

Vol.8 バイオ医薬品を安全に使うために知っておきたいこと(後)
~妊娠・出産・授乳、新生活を始める際の注意点~

バイオ医薬品を使用中の方は、妊娠・出産・授乳への影響も気になると思います。また、春は新しい生活を始める方も多いですが、そのようなときに治療を継続するための工夫についてもお話をお聞きしました。患者さんが直面しやすいこれらの問題について、杏林大学医学部付属病院消化器内科教授の久松理一(ひさまつ ただかず)先生にうかがいました。

妊娠・出産・授乳とバイオ医薬品

杏林大学医学部付属病院
消化器内科
教授 久松理一 先生


これから子どもを望んでいる若い患者さんは、女性でも男性でも、薬物療法中の妊娠・出産・授乳について心配に思っているかもしれません。
結論からいうと、バイオ医薬品に関しては、妊娠・出産・授乳中に使用できないものはありません。
バイオ医薬品以外のお薬(5-ASA製剤、免疫調整剤)も、必要に応じて継続して使用できます※1。
妊娠・出産時に、もっとも重要なことは、お薬で病気をコントロールし、お母さんの体(母体)の状態を良好に保つことです。

バイオ医薬品と妊娠について少し詳しくお話ししましょう。
バイオ医薬品の成分は、胎盤を通じて赤ちゃんの体にも入っていきますが、奇形等の心配はありません。ただし、生後6カ月くらいまで感染症にかかりやすくなるので、生後1年間程度は赤ちゃんに生ワクチンを接種するのを控え、その間は感染予防に努めましょう。
生ワクチンについては、前回のコラム(Vol.7バイオ医薬品を安全に使うために知っておきたいこと(前)~感染症対策~ )をご参考ください。

お母さんの体の状態によっては、胎盤ができる時期(妊娠26~28週)の少し前からバイオ医薬品を一時中止するという選択もありますが、同時に中断による再燃リスクも考えなくてはいけませんので、主治医と十分に話し合って決めましょう。

授乳に関しては、いまのところ厳密なデータはないのが実情ですが、母乳を与えていけないとはいわれていません。私自身も、患者さんの授乳を制限したことはありません。
母乳、とくに初乳は赤ちゃんの将来の免疫に大きな影響を及ぼし、母乳を与えない場合、子供が将来IBDになりやすいともいわれています。

大切なことは、妊娠前から主治医とよく相談し、妊娠から授乳までの間の治療プランを患者さんと主治医で共有することです。
病気があっても、お薬でしっかりコントロールすることによって子どもを授かることは可能です。「妊娠中には薬を飲んではいけない」といったあやふやな知識から、自己判断でIBDの治療薬をやめることは、患者さんだけではなく、赤ちゃんにまで大きなデメリットを与えることが懸念されます。心配なことは主治医や看護師に率直に相談していただきたいと思います。
※1 妊娠中の患者さんへの免疫調整剤の使用については国によって対応が異なります。メトトレキサートについては、奇形のリスクがあるため妊娠中は使用できません。とくに、赤ちゃんの器官が形成される妊娠初期がハイリスクです。

妊娠と風疹ワクチンについて

これから妊娠・出産を考えている患者さんは、風疹と風疹ワクチンについてもよく知っておいていただくと安心です。
風疹は、妊娠中の女性がかかると胎盤を通じて赤ちゃんに感染し、「先天性風疹症候群(CRS)」を引き起こします。先天性風疹症候群は、先天性心疾患、視覚障害、聴覚障害、精神や身体の発達の遅れなどを招くため、妊婦の感染予防はとても重要です。

日本では、1976年から風疹の予防接種が始まりましたが、制度が何度か変わったため、予防接種を受けていない年齢層が存在します。

風疹の予防接種を受ける機会に恵まれなかった年齢層 昭和54年4月2日から平成7年4月1日生まれの男女は、学校での集団接種はなく、医療機関で個別に接種しなくてはいけなかったため、接種率が低く、風疹に感染しやすい世代といえます。また、昭和54年4月1日以前は、学校での集団接種でしたが、対象は女性に限られていたため、この世代の男性は、風疹の予防接種を受ける機会がありませんでした。この世代の方々には、ご自分のためにも周囲の妊婦さんのためにも、風疹の予防接種を受けていただくことをお勧めします。


子どもの頃に風疹に感染したという方もいると思いますが、現在も十分な抗体価(抗体の量)をもっているかどうかは不明です。実際には血液検査で調べてみないとわかりません※2。

風疹の抗体がない、あるいは抗体価が不十分な方で、バイオ医薬品や免疫調整剤を使用しながら妊娠・出産を考えている場合は、妊娠中の風疹の感染予防には十分な注意が必要です。
妊娠を考える年齢までに寛解に持ち込むことができ、バイオ医薬品をやめられるとよいのですが、それが難しい場合は感染予防を徹底します。

また、夫が風疹にかかり、妊娠中の妻に移してしまうこともあるので、女性だけでなく男性も風疹の問題について、十分に理解しておいていただきたいと思います。

※2 風疹の抗体検査を病院やクリニックで受ける場合は、自費となりますが、多くの自治体では無料で実施しています。お住いの地域の保健所にお問い合わせください。

新生活をスタートさせるときに気をつけたいこと

進学や就職、転勤などで、病院を変わらなければならないときは、早めに主治医に伝えましょう。転居先の近くの病院でスムーズに治療を始めるためには、病気の経過や治療歴などを記した診療情報提供書が必要です。作成にはある程度時間がかかるため、転居までに必要な方は、少し時間に余裕をもって医師に伝えるとよいでしょう。

新生活がスタートすると何かと忙しくなります。そんなとき、体調がよいと、新しい病院を受診して一から手続きをするのがつい面倒になることもあるかもしれません。しかし、あまり間があいてしまう前に病院へ行く時間をつくりましょう。環境の変化はストレスでもあり、体調に影響することがあります。

通院が途切れ、バイオ医薬品による治療を中断したり、投与間隔が不定期になると、治療に悪影響を及ぼします。バイオ医薬品による治療を中断している間に、体の中でバイオ医薬品に対抗する物質ができて、その後、お薬が効かなくなってしまうこともあるのです。

大学生の方は、授業のスケジュールと病院の診療時間が合わないこともあるでしょうが、その場合は病院に電話して相談してみるとよいでしょう。
また、転居するため、これまでの主治医に診療情報提供書を作成してもらう際には、土曜日も診療している病院や、夜間にも対応している病院を探したいなど要望を伝え、相談してみてください。

バイオ医薬品を安全に効果的に使うために

バイオ医薬品の副作用で比較的頻度が高いものとして、感染症やアレルギーのほかに軽度の「注射部位反応」があります。注射部位反応とは、注射した箇所が赤くなったりかゆくなったりすることです。
もし、そのような反応がみられたら、主治医や看護師に伝えましょう。

バイオ医薬品を使い始めて、2年くらいたってからあらわれる副作用に「乾癬様皮疹(かんせんようひしん)」と呼ばれる皮膚症状があります。治療開始から時間が経過しているので、副作用だと気づかない方も多いようです。
乾癬様皮疹に限らず、ふだんと違う症状があらわれたら、どんなことでも主治医に伝えてください。

IBDは長く付き合っていく病気であり、学業や仕事をもちながら通院を続けるのは大変だと思います。しかし、バイオ医薬品の投与が不定期になると、前述したようにお薬が効かなくなってしまうこともあるので、それを避けるためにも定期的な受診を心がけましょう。
また、バイオ医薬品の点滴には3~4時間かかるため、きちんと予約した診察時間を守って、受診してください。

IBDという病気と付き合っていくなかでは、よい状態のときもそうでないときもありますが、人生の各ステージで最善の治療が受けられるように、主治医と相談しながら根気よく治療を続けていきましょう。

久松理一(ひさまつ・ただかず) 先生ご経歴

 【学歴】
 平成3年3月 慶應義塾大学医学部卒業
 医学博士 慶應義塾大学 第31030707号
 【職歴】
 平成3年   慶應義塾大学病院内科研修医
 平成5年   伊勢慶應病院内科
 平成6年   社会保険埼玉中央病院内科
 平成7年   慶應義塾大学病院内科専修医(消化器内科)
 平成9年   東京歯科大学市川総合病院内科 助手
 平成12年  米国ハーバード大学マサチューセッツ総合病院消化器科研究員
 平成15年  慶應義塾大学医学部内科学(消化器)助手(現助教)
 平成20年  慶應義塾大学医学部内科学(消化器) 専任講師(学部内)
 平成22年  慶應義塾大学医学部内科学(消化器) 専任講師
 平成26年  慶應義塾大学医学部内科学(消化器) 准教授
 平成27年  杏林大学医学部第三内科学(消化器内科)教授
 平成28年  杏林大学医学部附属病院消化器内科診療科長,内視鏡室長
 現在に至る
 東京歯科大学市川総合病院消化器科客員教授
 慶應義塾大学医学部内科学(消化器)非常勤講師,客員教授
 【資格】
 日本内科学会:総合内科専門医,指導医
 日本消化器病学会:認定専門医,会指導医
 日本消化器内視鏡学会:認定専門医,指導医
 日本消化管学会:胃腸科専門医,胃腸科指導医
 日本医師会認定産業医


 日本内科学会:評議員,関東支部幹事
 日本消化器病学会:学会評議員,関東支部会評議員
 日本消化器内視鏡学会:学術評議員,関東支部会評議員
 日本消化器免疫学会:評議員
 日本カプセル内視鏡学会:代議員
 日本高齢消化器病学会:評議員
 日本大腸肛門病学会:評議員
 日本臨床免疫学会:評議員
 NPO法人日本炎症性腸疾患学会 (JSIBD):理事